勢川100年の歴史

1914年6月(大正3年)
新美和儀氏が割烹旅館『勢河』として創業。
屋号は伊勢の人と三河の人が結婚し、その一文字を取り勢河となった。
開店は6月11日。

太平洋戦争末期に空襲で焼ける前の勢河

1952年(昭和27年)
食堂『勢川』と改名し、合資会社 勢川に変更(昭和27年)
うどん・そば他に鰻・寿司も扱う和儀氏は将棋・囲碁が大好きの一方仕事と礼儀には大変厳しい人だった。
当時の従業員の中に現在の嬉多生うどん初代故・嬉多村氏がいた。



1967年6月(昭和42年)
勢川初の支店、新吉店がオープン
(渡会武彦氏)
東京で修行した渡会氏と本店で修行した鈴木澄子さんが結婚し新吉店を開店。
これにより松葉町の勢川が勢川本店となる。
1969年5月(昭和44年)
勢川豊川店がオープン。
(眞木 進氏)
本店で修行した眞木氏は22歳の若さで豊川店を開店した。

写真は2014年現在

1975年5月(昭和50年)
勢川牟呂店がオープン(渡会武彦氏)
勢川新吉店が渡会氏から原勉氏へ渡会氏が神野新田町に牟呂店を開店(写真は1981年)
新吉店は同店従業員の原氏が受け継ぐ。
1980年10月(昭和55年)
吉田方店がオープン(西村秀樹氏)
勢川豊川店で修行した西村氏は故郷に戻り吉田方店を開店。
1983年4月(昭和58年)
勢川新吉店が原氏から山本 充氏へ。
原氏は植田町に勢川の屋号でなく『そば源』で店舗を開店。
勢川牟呂店で修行の山本氏がその後を受け継ぐ。
1985年4月(昭和60年)
勢川蔵王店がオープン(板倉富秋氏)
野田店で修行の板倉氏が蔵王店を開店
1987年4月(昭和62年)
勢川西駅店がオープン(鍋田栄次氏)
牟呂店で修行の鍋田氏が西駅前にあった千成うどんの店舗後で西駅店を開店
1989年11月
勢川牟呂店が株式会社豊泉(ほうせん)を設立。
初代社長に渡会武彦氏が就任。
1990年10月(平成2年)
勢川二川店がオープン(佐々木恒男氏)
本店で修行の佐々木氏が故郷の豊橋動植物園西に勢川二川店を開店

1994年7月(平成6年)
勢川蔵王店新装オープン。


1996年4月(平成8年)
勢川磯辺店がオープン(鍋田栄次氏)
勢川西駅店が鍋田氏から大谷修永氏へ。
鍋田氏が駒形町に勢川磯辺店を開店し、西駅店を牟呂店で修行の大谷氏が受け継ぐ。


1997年12月(平成9年)
勢川吉田方店新装オープン

1999年3月(平成11年)
勢川赤羽根店移転オープン

2001年11月(平成13年)
勢川新吉店の定休日が土曜日に変更

2006年11月(平成18年)
勢川大岩店がオープン(大谷修永氏)
勢川西駅店が大谷氏から伊奈孝明氏
大谷氏が火打坂に大岩店を開店。
西駅店を磯辺店で修行の伊奈氏が受け継ぐ。
勢川初の独身の大将誕生。後の平成23年12月結婚。
勢川牟呂店渡会氏が豊橋麺類食堂組合の理事長に就任。3期6年を務めた。

2011年3月(平成23年)
東日本大震災の被害地へ20万円の義援金

2011年3月(平成23年)
勢川牟呂店・株式会社豊泉社長渡会武彦氏が会長になり、新社長に長男の渡会章智氏が就任。

2013年3月(平成25年)
勢川つつじが丘店オープン
(谷山浩隆氏)
牟呂店で修行の谷山氏がめん処庵があった店舗の後へつつじが丘店を開店。



2014年6月(平成26年)
勢川本店創業100年を迎える。
(三代目新美晴久氏)


三代目 新美晴久・啓子夫妻

唯一初代を知る渡会澄子さん(現・牟呂店)

勢川初の支店・新吉店を出した渡会武彦氏 (現・牟呂店)

本店で修行した現・豊川店 眞木進氏

本店で修行した現・二川店 佐々木恒男氏










2015年2月(平成27年)
勢川みゆき店が開店。
(伊奈孝明氏)
勢川西駅店が伊奈氏から大羽竜二氏に幸校区にあった東京庵みゆき店が閉店した後を買い取り、伊奈氏が勢川みゆき店としてオープン西駅店を磯辺店で修行した大羽氏が後を受け継ぐ 。





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